生きづらいけど大丈夫。自分を責めるのをやめて「やり方(仕組み)」を変えてみたら楽になってきた話

子ども時代から、ずっと居場所がなかった

規則正しい生活をすること、早寝早起きをすること、時間を守ること、友達を作ること、できた友達と仲良くすること、集団行動をすること、先生や身近な大人とやりとりすること、親を怒らせないこと…。

どれもこれも上手くできない。
挙げるとキリがない。
学校、家庭、友達付き合い等などあらゆるところで自分の居場所がなかった。
「ここではない何処かに帰りたい」、といつも思っていた。何をやっても焦燥感が拭えなかった。
そんな子どもだった。

学校の「お勉強」は得意な方だったので、進学校とされる高校に行き、それなりに名の通った大学を卒業した。
それなりの会社に就職できて大学で学んだ専門をある程度活かせた仕事ができた。
けど続けられなかった。

恋愛は失敗ばかり。
自己肯定感が低くて承認欲求をこじらせて、軽んじられることばかりだった。

人間関係はびくびくしたり、その裏返しなのか悪意は無いもののマウンティング発言を多発したり、周囲の人と信頼関係を築けなかった。
注意や事実の指摘に過剰に反応して涙をコントロールすることができず相手を怒らせたり、気を使わせたり、健全な関係を築くことができなかった。


30代での診断と、「自分が悪い」という泥沼

あまりの苦しさと焦燥感で、30代で受診したところADHD傾向があると告げられた。
そう告げられて、腑に落ちたところはあったけれど、自分で何とかしないと楽にはなれないと思ってそれ以上は通院しなかった。
それからは本を読んだり、親切で思いやりのある知人に相談したり、カウンセリングを受けたり、もがき苦しんだけれど特効薬は見つかるはずもなく。
答えは自分の中にしかないと感じていた。

「どうやったらマシになる?楽になる?なにか方法はない?」と自分に問い続けた。
でもそれが他方で、「みんなできていることが自分はなぜこんなにできないんだろう」「自分が悪い」「自分には価値がない」というような自己否定にもつながっていった。

そうやって苦しさと焦燥感をごまかしながら、なんとかなんとか30代と40代は過ぎていった。

でも、人一倍気を張って生きているから、毎日がとにかく疲れる。
表向きは何とか取り繕っていても、内側では常に不安や生きづらさを抱えて苦しかった。
それを紛らわすためなのか、一度お酒を飲みだすと止まらなかった。
結果的に飲酒量も飲酒機会も多くなって、一歩違えば依存症になっていたと思う。


50代になってようやく気づいた「仕組み」の大切さ

だましだまし何とかやってきた。
けれど、50代になってもう体力も気力も続かなくなってきた。
もう無理かもと思い始めた頃に、生成AIが誰でも利用できる環境になってきた。
物珍しさからChatGPTやGeminiとやりとりをしたり、また偶然に購入したデバイスを利用するようになって、じわじわと気づいてきた。

「私が悪いのではなく、やり方(仕組み)が合っていないだけ」だということ。

自分を変えようとするのをやめて、賢い仕組みや便利グッズに頼る。
自分を責めるエネルギーを「自分に合う工夫を探すエネルギー」に変えること。
少しずつ変えるようになって、ようやく焦燥感が和らいできたように思う。

読んでくれている方に何かヒントやきっかけになるようなものを届けられれば良いな、と思ってこのブログを始めることにしました。

生きづらいけど大丈夫だよ、他のやり方を試してみよう。
昔の私にも届けたかったなと思いながら。

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